M's DIARY
仕事や趣味、日常などを気の向くままにDIARY
熱いor暑い夏が始まる!?
日本の大企業にとって新しい期が始まり、ゴールデンウィークも終わりいよいよ夏に向けて本格始動している日本の経済界。
しかし、この春に発表された主要メーカーの決算では、リーマンショック前の巨額の黒字から、我々のような小規模企業にとっては想像もつかない巨額の赤字決算が続々と発表されており、日本の企業が転換期を迎えていることは明らかです。
これまで弊社としても積極的な投資を試みてきて今後もよりお客様のニーズに合致した企業づくりにまい進するつもりではありますがこのところの新聞紙上ではあまりいい材料が見つからないのも事実です。
ユーロ危機の再燃と円高、海外への生産拠点の移動による空洞化などなど、揚げればきりがないですが、TPPなどのいくつかの変化には脅威もありますが、チャンスもあるかもしれないと思ったりています。
ただ、関電の電力不足率14.9%という記事にはどうしようもないこととはいえどう対処すべきなのか頭を悩ませるばかりです。
もともと中小零細企業は電力を湯水のように無駄に使っていることはほとんどありませんし、使用電力量を下げることは生産量の低下とかなりリンクする部分があります。また、新たな機械を導入すると電力使用量は増加するわけでこれも採れないということになります。
工場の稼働時間をずらすなどの方法をとるべきか、今後の推移を注目しているところではあります。
たくさんのご用命をいただいて熱い夏にしたいものですが、社員一同で暑い夏を耐え抜くことになりそうです。
しかし、この春に発表された主要メーカーの決算では、リーマンショック前の巨額の黒字から、我々のような小規模企業にとっては想像もつかない巨額の赤字決算が続々と発表されており、日本の企業が転換期を迎えていることは明らかです。
これまで弊社としても積極的な投資を試みてきて今後もよりお客様のニーズに合致した企業づくりにまい進するつもりではありますがこのところの新聞紙上ではあまりいい材料が見つからないのも事実です。
ユーロ危機の再燃と円高、海外への生産拠点の移動による空洞化などなど、揚げればきりがないですが、TPPなどのいくつかの変化には脅威もありますが、チャンスもあるかもしれないと思ったりています。
ただ、関電の電力不足率14.9%という記事にはどうしようもないこととはいえどう対処すべきなのか頭を悩ませるばかりです。
もともと中小零細企業は電力を湯水のように無駄に使っていることはほとんどありませんし、使用電力量を下げることは生産量の低下とかなりリンクする部分があります。また、新たな機械を導入すると電力使用量は増加するわけでこれも採れないということになります。
工場の稼働時間をずらすなどの方法をとるべきか、今後の推移を注目しているところではあります。
たくさんのご用命をいただいて熱い夏にしたいものですが、社員一同で暑い夏を耐え抜くことになりそうです。
サックマシーンも春を感じるのか
弊社が導入したサックマシーンも2回目の冬を越しました。
冬になるといろいろな変調が起こり、特に今年のような厳しい寒さになるといろいろな問題が発生します。
段ボール用のボンドは氷点下になると水分と分離して流れが悪くなるばかりは接着力が悪くなります。今年は結構これで悩まされました。来年には対策を講じるつもりです。
オフセットのインキも乾きにくく、伸びも悪くなり印刷機もそれぞれ工夫を講じています。
そして、使用するベルトの数がすさまじい数になるサックマシーンもまた厳しい冬を超えました。

ベルトが縮んでくるのでその辺の調整はこまめに行います。でも、今年悩まされたのがベルトの滑り。製品が表面加工されて滑りやすいものが多かったこともありますが、滑ることで左右のバランスがとりにくく、セットアップに丸一日ついやすこともありました。
これから春です。人間もですが機械ものびやかに動き始めています!
冬になるといろいろな変調が起こり、特に今年のような厳しい寒さになるといろいろな問題が発生します。
段ボール用のボンドは氷点下になると水分と分離して流れが悪くなるばかりは接着力が悪くなります。今年は結構これで悩まされました。来年には対策を講じるつもりです。
オフセットのインキも乾きにくく、伸びも悪くなり印刷機もそれぞれ工夫を講じています。
そして、使用するベルトの数がすさまじい数になるサックマシーンもまた厳しい冬を超えました。

ベルトが縮んでくるのでその辺の調整はこまめに行います。でも、今年悩まされたのがベルトの滑り。製品が表面加工されて滑りやすいものが多かったこともありますが、滑ることで左右のバランスがとりにくく、セットアップに丸一日ついやすこともありました。
これから春です。人間もですが機械ものびやかに動き始めています!
ようやく光回線へ変更
弊社のオフィスではこれまで恥ずかしながらADSLの環境でした。
PCもOSがXPで古かったのですが、だんだんアプリケーションソフトやインターネットソフトがヴァージョンアップしてゆくとPCがフリーズすることが増えてきたので、一気にWindows7搭載モデルに変えたら、ネット環境に不満を感じるようになってきたので、ようやく変更する決心がつきました。

工事はあっという間でした。
複合機の設定を変えたり、少し手間がありましたが、意外と簡単。ネット環境のレスポンスがいいと楽ですね。

モールの工事は自分でやったら安いのでと業者さんがそのままにして帰られたので、ちょちょいのちょいとモールでカバーしました。
しかし、通信環境って変わりましたよね。
私が外資系のコンピューター会社にいたころは9600dpsの一般通信回線が一般的で、大きな汎用機やオフコンを持っていらっしゃるところが数MBpsの専用回線を使っていらっしゃいました。それが高速だったんですけれどね。
それがデジタル化されてISDNになって、電話やFAXにまでつなげる専用回線や一般サービスまで出たと思うと、インターネットのプロバイダによるサービスができると特殊な用途を除くと専用回線が一般的でなくなって、ADSLになってゆきますね。
そしてこの光ケーブル。すさまじい進化です。
20年ほど前はまだまだフロッピーが記憶媒体だったPCからハードディスクができるようになって200MBのディスクで100万円台のPCだったのに、当時だと汎用機クラスの恐ろしいスペックのPCが数万円で買える時代。
ちょっと話が飛躍しますが、高級電化製品だったテレビもいまや40インチが3万円台ということです。
数年の間にものの値段が10分の一以下になるというこの時代のものづくりについて考えさせられました。
PCもOSがXPで古かったのですが、だんだんアプリケーションソフトやインターネットソフトがヴァージョンアップしてゆくとPCがフリーズすることが増えてきたので、一気にWindows7搭載モデルに変えたら、ネット環境に不満を感じるようになってきたので、ようやく変更する決心がつきました。

工事はあっという間でした。
複合機の設定を変えたり、少し手間がありましたが、意外と簡単。ネット環境のレスポンスがいいと楽ですね。

モールの工事は自分でやったら安いのでと業者さんがそのままにして帰られたので、ちょちょいのちょいとモールでカバーしました。
しかし、通信環境って変わりましたよね。
私が外資系のコンピューター会社にいたころは9600dpsの一般通信回線が一般的で、大きな汎用機やオフコンを持っていらっしゃるところが数MBpsの専用回線を使っていらっしゃいました。それが高速だったんですけれどね。
それがデジタル化されてISDNになって、電話やFAXにまでつなげる専用回線や一般サービスまで出たと思うと、インターネットのプロバイダによるサービスができると特殊な用途を除くと専用回線が一般的でなくなって、ADSLになってゆきますね。
そしてこの光ケーブル。すさまじい進化です。
20年ほど前はまだまだフロッピーが記憶媒体だったPCからハードディスクができるようになって200MBのディスクで100万円台のPCだったのに、当時だと汎用機クラスの恐ろしいスペックのPCが数万円で買える時代。
ちょっと話が飛躍しますが、高級電化製品だったテレビもいまや40インチが3万円台ということです。
数年の間にものの値段が10分の一以下になるというこの時代のものづくりについて考えさせられました。
豊岡市商工会青年部日高支部 50周年
先日は豊岡市商工会青年部 日高支部の50周年記念式典に参加させていただいた。

私がこの会を卒部してはや5年近い年月が流れようとしている。その当時は商工会が合併する前で「日高町商工会青年部」という独立性の高い組織でありました。
そもそも日高の商工会というのは弊社の創始者である初代社長が何社かの地元の有力な社長と地に足をつけた経済団体を作るべきということで母体ができ、その後、国の商工会の法制化と設立の奨励の流れの中で、商工会として組織されたという話を式典の中の話をお聞きすることができて感慨深いものを感じた。
また、青年部自体も、若手の経営者の連携のために「青年会」として立ち上げ、その五年後にこれまたおなじく追って、「青年部」となり時代を積み重ね、平成の市町村合併に伴い他地域との合併をおこない「青年部日高支部」と変遷してきた。
大きな組織の一支部となったのであるが、こうして初めてOBとしてこの式典に参加し、他の諸先輩方や現在も部員として頑張る若者と交流すると、今でも脈々と50年間の蓄積された力というか、何か熱いものを感じた。

また、オープニングでは地元の伝統芸能が堂々と披露され、私たちの住む地域の素晴らしさ、そしてこれを、商業者として支えてゆかねばならないという気持ちも巻き起こった。
非常に素晴らしい会に参加できてとても喜ばしかったし、今後とも現役部員の活躍をお祈りしたい。

私がこの会を卒部してはや5年近い年月が流れようとしている。その当時は商工会が合併する前で「日高町商工会青年部」という独立性の高い組織でありました。
そもそも日高の商工会というのは弊社の創始者である初代社長が何社かの地元の有力な社長と地に足をつけた経済団体を作るべきということで母体ができ、その後、国の商工会の法制化と設立の奨励の流れの中で、商工会として組織されたという話を式典の中の話をお聞きすることができて感慨深いものを感じた。
また、青年部自体も、若手の経営者の連携のために「青年会」として立ち上げ、その五年後にこれまたおなじく追って、「青年部」となり時代を積み重ね、平成の市町村合併に伴い他地域との合併をおこない「青年部日高支部」と変遷してきた。
大きな組織の一支部となったのであるが、こうして初めてOBとしてこの式典に参加し、他の諸先輩方や現在も部員として頑張る若者と交流すると、今でも脈々と50年間の蓄積された力というか、何か熱いものを感じた。

また、オープニングでは地元の伝統芸能が堂々と披露され、私たちの住む地域の素晴らしさ、そしてこれを、商業者として支えてゆかねばならないという気持ちも巻き起こった。
非常に素晴らしい会に参加できてとても喜ばしかったし、今後とも現役部員の活躍をお祈りしたい。




